書評・映画評
河島が読んだ本の書評や映画の感想を書きたいと思います。
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※内容に踏み込んだ情報も含み場合がありますので、これから読む人・観る人は注意してください。
イギリスの女性作家、アンナ・シュウエルが1877年に出版した小説、『黒馬物語』(原題:Black Beauty: The Autobiography of a Horse)を映画化したもの。小説のほうは、いくつかの訳で出版されているのでタイトルくらいは知っていたが、読んだことはなかった。
物語は、『吾輩は猫である』のように、ブラック・ビューティーという一頭の黒馬が一人称で語る。美しい草原で余生を過ごす馬が、自らの生涯を振り返って語るという設定である。風変りなこの設定に、はじめは感情移入などできないのではないかと思ったが、とんでもない。幼少期から、幸せな青春時代、悲しい出来事。様々な人と出会い、別れ、主人を選ぶことのできない運命に翻弄されながらも、力強く、感情豊かに生きてゆく。
物語の筋が機微に富んでいるというだけではない。何よりも馬の表現が素晴らしい。顔つきや行動、身体全身に表される感情が、見事に私たちの心にうったえかけてくる。見ているうちに、馬の気持ちがわかってくる。少し考えにくい事態なのだが、馬の表情や振る舞いから、気持が伝わってくるようになるのだ。馬の気持ちが分かるようになっていく、その過程こそが、この映画の醍醐味だろう。
この映画を見ながら『ガリバー旅行記』の馬の世界を思い出した。やはりイギリスは馬に関する造詣が深い。知性と感情、高度な表現を持つ馬の世界に魅了された。
2009/2/12 河島思朗
· 牧野 富太郎、『植物一日一題 (ちくま学芸文庫 マ 29-1)』、筑摩書房、2008/02/06
「ジャガイモは断じて馬鈴薯そのものではないことは最も明白かつ確固たる事実である。こんな間違った名を日常平気で使っているのはおろかな話で、これこそ日本文化の恥辱でなくてなんであろう」。あまりにも強烈な始まりで衝撃を受けた。
本書は「日本の植物学の父」と称される植物学者・牧野富太郎(1862-1957)が、昭和21年8月17日から100日間書き続けた随筆集。書き始めた昭和21年(1946年)は、牧野富太郎が85歳のとき。これまた衝撃である。植物に関する学識はもちろん、人と植物の歴史や文学、具体的な体験談を交えながら、バイタリティーあふれる著者が植物にまつわる話を痛烈に語る。取り上げられている植物は、身近なものから、聞いたことのないものまで多彩。一つ一つの随筆は数ページ程度だが、その中に込められた豊富な知識と著者の強烈なキャラクターが大変魅力的。知らないことばかりで驚きの連続だった。
文章は読みやすく、軽快な語り口に引き込まれる。声を出して笑ってしまうことも多い。読んだことをそのまま人に教えたくなる話ばかり。博識豊かな牧野富太郎が辛口で語る至極の随筆集だ。
2008/2/29 河島思朗
大場 秀章、『シーボルト 日本植物誌 (ちくま学芸文庫)』、筑摩書房、2007/12/10
シーボルトとツッカリーニが記した世界で最初の日本植物の本格的な彩色画集。シーボルトは1823-1829年(江戸時代、文政6-12年)のあいだ日本に滞在した医師、博物学者。原典は植物を描いた色彩画版150点と、ラテン語の学術的な解説、そしてシーボルトのフランス語の覚書等からなるが、本書は色彩画版150点に大場秀章氏が最新の研究やシーボルトの覚書を踏まえて解説を付けたもの。
解説は、画版に描かれた植物の説明だけでなく、シーボルトがその植物についての覚書を記すに至った状況など、様々な要素を含んでいる。そのため、シーボルトの研究書という側面を持ちながらも、植物図鑑として実用的に使うこともできるし、読み物としても大変面白い。そして何より色彩図版が美しい。表紙の画像を載せたが、このような緻密なカラー図版が150点掲載されている。文庫版で手に入るところがうれしい。
シーボルトの覚書を含んだ原典の翻訳も出版されている。
図版: シーボルト、『日本植物誌—シーボルト『フローラ・ヤポニカ』』、八坂書房、2000/12
覚書: P.F.B.フォン・シーボルト、『シーボルト日本植物誌 (本文覚書篇)』、八坂書房、2007/10
2008/2/29 河島思朗
映画『ノー・マンズ・ランド』、2001、監督ダニス・タノヴィッチ
(※ネタバレ注意)
内戦中のボスニアとセルビアの中間地帯「ノー・マンズ・ランド」に、ボスニア軍兵士チキとセルビア軍兵士ニノは取り残された。お互いに殺すか殺されるかの緊迫した状況のなかで、二人は会話を交わし始める。敵同士であったはずの両者は、一個人として会話を交わすあいだに、次第に心を通わせ始める。しかし、両者のあいだにはふたたび亀裂が…。見ている我々は内乱の始まりを追体験することとなる。
物語の最後には、どうすることもできない硬直状態が訪れ、「デウス・エクス・マーキナー」によって幕が下りる。登場人物の口から発せられるこの言葉は、「機械仕掛けの神」と訳されるもので、ギリシア悲劇の最終場面にしばしば用いられる演劇手法である。ギリシア悲劇では、突然、大がかりな機械仕掛けの装置で登場した神が、解決のつかないすべての問題を強制的に収束させて、終わらせる。ここで物語は終わるが、しかし聴衆には提起されていた問題が、「解決不能な難題」、「いつまでも考え続けなければならない課題」として残される。そしてこの物語でも…。
この映画は、ユーモアを交えながら強烈なメッセージを放つ秀逸な作品である。
2007/10/27 河島思朗
主演クリスティナ・リッチのサスペンス・ホラー。イギリスのグラストンベリーで地中に埋められた教会が発見される。同じころ、ある村を訪れた女性キャシー(クリスティナ・リッチ)は交通事故にあい、記憶をなくした。キャシーをひいてしまったマリオンは彼女を家に置くことにする。こうして、キャシーはマリオンの夫サイモン(教会を調査していた美術専門家)と、二人の子供と共に暮らすこととなった。ストーリーは、この教会の秘密と、キャシーが見てしまう幻覚(予知)の謎ときが主軸となっている。
この映画では、「傍観者であることの罪」が描かれる。これはトマス・アクィナスが言うところの「罪とは何かを為すことではなく、むしろ為さないことである」という命題を思い起こさせる。なかなか表現することが難しい主題であると思われるが、「傍観者でしかない」ということのおぞましさが、如実に描き出されている。
2007/10/25 Y.M.
深沢七郎、「楢山節考」、『楢山節考』所収、中央公論社、1957
(新潮社、『楢山節考』、1964)
きわめて具体的な生々しいこの物語は、その具体的な生々しさゆえに、神話的なレベルにまで達している。地理的描写や作中人物の発する生き生きとした方言、訛りに、強く地域性と時代とが感じられるのではあるが、しかしながらどの時代のどの地域、どの文化においても、常に現に有り得る物語、現にある物語なのだと強く感じさせる。いわゆる「姥捨て山」と呼ばれる山を巡る物語であるのだが、「かわいそう」とか「残酷」といった我々の従来のイメージにおさまらないどころか、そういった抽象的な感情を強烈に覆すものであるから、「姥捨て山」という言葉は、本当は使いたくない。
70歳を目前に控える老婆おりんが、息子の後妻を得てから、神に迎えられる山、楢山に入るまでを描いた物語である。私たちはまず、山に入る日を待ちわびるおりんの、童女のような清らかな熱望と喜びに圧倒される。山に入る日を、すなわち死を見据えたおりんのまなざしには、いかなる厭世観も諦念も現れず、むしろ初々しい希望とガッツが満ち満ちているのである。息子の後妻としてやってきた嫁を、飛び上がって喜んで迎え、喜んだ勢いに乗って石臼に突進して、自らの歯を折り、「わしは歯がだめだから」と得意になって口の中を見せるおりん(彼女には、すべて美しくそろっている自分の歯が、恥ずかしいものに感じられるのである)の若々しさと生命力、魅力は、楢山へと、死へと向かう思いによって養われているものなのである。そうした、愛さずにはいられないおりんのひたむきさにひきつけられていくにしたがって、読むものの心は否が応にも、この魅力的なおりんを山へ送り出さなくてはならない息子の、言葉なき寂しさ、辛さ、口惜しさへと共鳴してゆく。しかしこうしたやるせなさは、やがて息子辰平の切なさと同様に、おりんのまっすぐなまなざしによって凌駕され、私たちの心は彼女によって力づけられ、支えられ、慰められてゆくのである。山に入ってゆく最後の描写は圧巻。読み終わった後にはなにか、大きなものにむかって手を合わせたくなるような、すがすがしく、いとおしい気持ちに満たされる。
2007/4/29 Y. M.
幸田 文、『みそっかす (岩波文庫 緑 104-1)』、岩波書店、1983
読む前は、なんとなく自虐的な感じのするタイトルだなと思っていた。読み終わって初めてこのタイトルの合点がいった。本来的には「みそっかす」とはみそ汁を作って味噌を溶いたさいに、最後に残る大豆のかけらである。これといった味もせず、舌触りも悪く、全体になじむわけでもなく、栄養分もなさそうだが、ひっかかるような存在感をもっていつまでも残る。「みそっかす」とは、煮ても焼いてもどうにも仕様が無く、かといって捨てる気にもなれなくて、もてあますほか無い、しこりのようなものである。
幸田露伴という無類の教養人を父に持ち、継母と、幼く無垢な弟と送る日々。心に迫る逸話に事欠かないが、何といっても強烈だったのはおねしょの話である。不安定な生活環境のなかで幼い弟が夜尿症を発症し、それを巡って日々、継母と父露伴とのあいだに壮絶な口論が繰り広げられる。ある夜、酔った父露伴は、困惑し、怯えきった幼い弟と文とを前に、自ら幼少時代に夜尿症に苦しんだ思い出を語る。なにしろ、「巨人」露伴が、「顔を真っ赤にしてつらつら涙を流しながら」語るみじめさと苦しみとを、幸田文があの独特の緊張感に満ちた文章で描き出すのであるから、圧倒的な迫力をもって胸に迫ってくる。
つづられているのはすべて日常の生活の営みなのであるが、読み終えたとき、「どうにも仕様が無く」、「もてあますしかない」ような心の中の「みそっかす」が、やはり決して捨ててはならぬ豊かなものとして、読むものの心に立ち現れてくるのである。
2007/4/7 Y. M.
西岡常一、『木に学べ—法隆寺・薬師寺の美 (小学館文庫)』、小学館、1988(2003)
西岡常一は宮大工であり、法隆寺・薬師寺再建の棟梁を務める。その彼が、宮大工の技、棟梁の心得、法隆寺、薬師寺の建築、そして数千年生きるヒノキについて、語った本。とにかく表現が、語り口が美しい。面白い。
なにより、彼が語るそれらについての深い造詣には驚嘆する。数千年生きてきたヒノキを組んで寺を造る。組まれた木々は500年後にしっくりとして、千年後まで建っているという。彼の語りを読んでいると、法隆寺はまさに適材適所に組まれた木々の「生きている」建築物なのだということを思い知らされる。
さらに、現代社会への苦言が面白い。頭でっかちな学者や小役人との論争、資本主義・消費社会へのきつい一言は、強烈な説得力を伴って語られる。学者たちは自らの説を立証するために法隆寺を設計しようとする。それに対して職人の西岡は、木を組むなかで必然的に現れてくる寺の姿を見据えている。伝統の技と知を持つ職人の前では、俄仕込みの論理が陳腐なものに思えてくる。西岡のなかでは、木を組むこと、思考すること、学んでいくことが、ごく自然に一体になっているのである。
造ること、考えること、知ること、生きること、それらを見事に統一させている西岡の姿勢が、読むものの心を打つ。私は、この『木に学べ』というこの本に、「学ぶこと」、「働くこと」の意味を問われているように感じた。
2007/4/7 河島思朗