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ラテン文学の韻律(1)

 ラテン文学の韻律(1)

ラテン文学・韻文で用いられる韻律をまとめたした。以下は網羅的・体系的ではなく、代表的なものを記しました。韻律は非常に例外が多いので、細かなルールなどは、以後少しずつ記載したいと思います。

「ラテン文学の韻律(1)」では、韻律理解の前提となる知識をまとめました。「ラテン文学の韻律(2)」以降で具体的な韻律の種類を扱いたいと思います。


はじめに

 ギリシア・ラテン文学の作品は、「韻文」と「散文」に分かれる。「韻文」とは、韻律の規則(音の規則)に則って語られ、書き表された文章を指し示す。韻律の規則は、音の長・短の組み合わせで成り立つ。
 この韻律は、作品のジャンルを分ける目印となる。たとえば、叙事詩は必ず「ダクテュリクス・ヘクサメテル」という韻律で語られる。ラテン文学の韻律は、基本的にはギリシア文学の韻律を継承している。

 また、ラテン文学において韻律の知識は単語の識別に役立つ。例えば、女性単数主格と奪格が、同じ語尾「-a」で終わる場合、前者は短音節で後者は長音節。したがって、韻律上「短音節」とみなされる場合には主格であると判断できる。このように、基本的な韻律の知識は、韻文を読む場合には必須。

韻律: 音の長・短の組み合わせによって作られる規則


記号と名称

韻律を表すための基本的な記号。

記号 名称 説明
長音節(longum) 長い音、長い音節
v 短音節(breve) 短い音、短い音節
X アンケプス(anceps) 長音節(-)でも短音節(v)でもよいところ
カエスーラ(caesura) 行のあいだに入る「切れ目」
v v 短音節2つを長音節1つで代用できるところ。
v v レゾリューション(resolution) 長音節のところを短音節2つで代用できるところ。
-- スポンデー(spondee)
もしくは、スポンダイオス
長音節が2つ並ぶところ

以上の記号を組み合わせて韻律を表現する。

また、韻律は一文のなかに含まれるいくつかのメトロン(metron)から構成される。
メトロン:音節群の最小単位

 「ダクテュリコス・ヘクサメテル」という韻律は、一行のなかにダクテュルスというメトロン(-v v)を6つ含む(ヘクサとはギリシア語で6)。
 ダクテュルス:「-v v」というメトロン
 ダクテュリクス・ヘクサメテル:一文のなかに、ダクテュルスを6つ持った韻律

音節

韻律は音の「長・短」の組み合わせで成り立つ。
その「長・短」を知るためには、ラテン語のそれぞれの単語を「音節」に区切って理解する必要がある。

音節(シラブル、syllable):母音を基準にして、ひとつの音と意識される単位。

 「河島」は「ka-wa-shi-ma」という4つの音節からなる。

音節の区切り方
(1)音節の数は母音の数に一致する
語中の1子音は後続母音につき、2子音以上の場合は最後の1子音のみが後続母音に付く。

 me-us,  pa-ter,  aes-tas,  con-temp-tus

(2)「閉鎖音+流音」は分離しない
閉鎖音: 無声音(p, t, c, k, q)、有声音(b, d, g)、無声帯気音(ph, th, ch)
流音: l, r

 te-ne-brae,  Pa-tro-clus,  pu-bli-cus: br、tr、bl、など。(te-neb-raeとはならない)

(3)合成語は構成要素に従って切る

 post-e-a: postとeaという二つの言葉が結びついたので、「post」はひとまとまり。
  ne-sci-o: scioにneが付いたものなので、「sci」はひとまとまり。
  red-e-o: red-eoというまとまり。

音節の長音節と短音節

音節の区切りに従い、「長音節」か「短音節」かが決まる。

(1)長音節: 長母音、もしくは二重母音を含む音節(long by nature)

 qua-re (--)、 cau-sae (--)

・二重母音:ae、au、ei、eu、oe (その他、例外が時々ある)
・long by nature:もともと長く読む(伸ばして読む)長母音。(例: quare「クアーレー」)


(2)長音節: 短母音の後に、2つ以上の子音、もしくは二重子音(x、z)が連続する場合(long by position)
ただし、「閉鎖音+流音」と「qu」は1子音と数える。

 fe-nes-tra (v-v)、 pu-el-la (v-v)、 U-li-xes (v--)
 te-ne-brae (v v-)、 mul-ti-lo-quus (-v v v)

・long by position:位置によって長音節とみなされる短母音。


(3)短音節: 短母音の次に子音が1つまたは無し

 me-us(v v)、 a-mat(v v)、 ho-mi-nis(v v v)

以上が基本的なルールであるが、時に例外がある。


長音節・短音節の区分の例外

韻律上、音節の区切りによって分けられる「長音節」と「短音節」は、時に文中で単語相互の関係から変化する。代表的なものを以下に記す。

(1)連続する2つの単語において、短母音の後に、2つ以上の子音、もしくは二重子音が連続する場合: 長音節とみなす

 ta-men can-ta-bi-tis (v- --v v)
 「tamen」という単語自体は(v v)だが、「cantabitis」があとに続くことで(v- --v v)となる。

(2)行末の短音節は長音節と数える
行末には休符が置かれていると考えるので、短音節でも長音節とみなす。

 honore:本来は本来(v-v)だが、行末では(v--)とみなされる。

(3)「母音連続」(ヒアートゥス hiatus): 前者の母音が韻律上落ちてしまう(母音省略、elision)

 und(e) amor iste (- v v -v)
 「unde amor」の「e」と「a」が連続するので、「e」は落ちる。韻律上数えない。

(4)「-am、-um、-em」+母音: -am、-um、-emが韻律上落る(elisionの一種)

 part(em) animae、c(um) aspexit Oresten

(5)「h+母音」から始まる単語: 韻律上は母音が語頭にあるものとみなす

 Acheront(a) Herculeus
 「Herculeus」の「H」を無視して、母音連続とみなす

(6)「母音+es、est」の場合: 後者の母音「e」が韻律上落ちる

 dis amicum (e)st
 periculumstというように、periculum estを結合して書く場合もある

読みとアクセント

ラテン韻文の読みと正確なアクセントはわからない。
以下の三つの規則が慣例として用いられている。

(1)長母音は長く読み、短母音は短く読む
これはラテン語の基本的な発音の仕方通りということです。辞書によっては、位置によって長音節とみなされる短母音(long by position)に、長母音の記号がつけられていることがあるが、不正確。

 puella は韻律上(v-v)とみなされるが、発音は「プエッラ」。「プエーッラ」ではない。

(2)韻律上長音節となる音の上にアクセントを置く(単語のアクセントとは別)。

 ダクテュルス・ヘクサメテルの場合
 v v v v v v v v v v 
 色をつけた長音節の部分にアクセントを置く。
 イメージとしては「タンタタ、タンタタ、タンタタ、タンタタ、タンタタ、タンタン」

参考:ギリシア韻文の場合は、韻律の調子をとりながら、単語のアクセント記号にしたがって読む。


(3)上述の母音省略が起こる場合などには、省略された語は読まない。

 カタカナで表記するのは適切でないかもしれませんが、例えば以下の感じです。
 und(e) amor 「ウンダモル」
 part(em) animae 「パルタニマエ」
 amicum (e)st 「アミークムスト」

※アクセント
一般的にアクセントには「強弱型」と「高低型」がある。
英語やドイツ語などは、「強弱型」のアクセント。
古典期のラテン語やギリシア語は、日本語と同じ「高低型」のアクセント。
日本語で、「橋」と「箸」の「はし」を音の高低によって区別するように、ラテン語のアクセントも高低を用いた。


参考文献

・Garrison, Daniel H. Horace. University of Oklahoma Press. 1991
・Halporn, J. W. and M. Ostwald Lateinische Metrik. Vandenhoeck & Ruprecht. 1962
・Raven, D. S. Latin Metre. BristolClassicalPress. 1999
・Shackleton Bailey, D. R. (ed.). Horatius Opera. Teubner. 1995
・アウグスチン・シュタウプ(編)、『ギリシア・ローマ古典文学参照辞典』、1969
・逸身喜一郎、 『古代ギリシャ・ローマの文学』、 放送大学出版会、 1996
・風間喜代三、『ラテン語とギリシア語」、三省堂、1998


関連事項

ラテン文学の韻律(2) ラテン文学の韻律(2)

ラテン文学の韻律(3) ラテン文学の韻律(3)


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このページの最終更新 2007/9/9
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